ある程度の年齢になると、「健康の話が中心になる」と聞いたことがありました。
どうやら、その話は本当でした。
10代、20代前半は恋愛の話。
20代後半からは仕事の話が中心になり、
50代を過ぎた頃からは、いつの間にか健康の話が増えました。
「最近、疲れが抜けなくて」
「眠りが浅い」
「この前の健康診断で……」
若い頃には、そんな話をすることになるとは思っていませんでした。
でも50代になると、自分の体からのサインも少しずつ増えてきました。
私の場合は、朝の支度にかかる時間です。

以前は、起きてから40分ほどで家を出ることができました。
「25分までにここまで終わらせる」、時間を区切りながら動けば、
それほど慌てることもありませんでした。
余裕を持って朝起きた時は、途中で少し手持ちぶさたになるくらいでした。
ところが50代に入ると、少しずつ体がついてこなくなりました。
動きが以前よりゆっくりになり、頭がぼんやりしていることが増えてきたのです。
今では、家を出るまでに1時間半ほどかかります。
正確には、「1時間半で支度をする」というより、
「起きてから1時間半かけて、家を出られる状態に持っていく」という感覚です。
40代頃までは、自分の「老い」をそれほど意識したことはありませんでした。
最近は電車に乗っていると、同じくらいの年代の人に目が向くようになりました。
髪の毛先のパサつきや、
乾燥して縦筋の入った爪。
張りがなくなりつつ、マットよりの肌。
肩が少し内側に入り、背中が丸くなった姿勢。
同年代の人を何気なく見ていると、
「自分にもこういう変化が出ているのかもしれない」と思うことがあります。

自分の姿は毎日見ているからこそ、変化に気づきにくいものです。
だから私は同年代の人を見ることで、自分の今を確認しているのかもしれません。
「老いる」ということは、止められない。
それは分かっています。
若い頃の自分に戻りたいわけでもありません。
ただ、できることなら、老いのスピードを少し緩やかにすることはできないだろうか。
そんなことを考えるようになりました。

以前なら老いに気づくことは、少し寂しいことだったかもしれません。
でも今は変化に気づいたからこそ、できることを考えてみようと思います。
身体を動かすこと。
食べるものを少し考えること。
無理をしないこと。
そして、今の自分の体の状態を知ること。
どれも若い頃にはあまり考えなかったことです。
自分の変化に気づき、これからの自分に必要なことを考える。
それもまた、歳を重ねるということなのだと思います。
老いを止めることはできなくても、できるだけ自分らしく、ゆっくりと歳を重ねていきたい。
今は、そんなふうに考えています。

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