香港はいつ返還された?イギリスの領土だった理由と簡単な歴史を知っておこう!

香港が返還されたって聞いたけれど、あれ?香港は香港じゃないの?イギリスだった?それとも中国?という質問や驚きを聞いたことはありませんか?

香港が返還されたということは、そもそも香港はどこの国の領土だったのでしょう?香港が他の国だった理由は何なのか、そして今の香港はどこの国なのか?香港はいつ返還されたのか?簡単に整理してお話しますね。香港に興味のあるあなたも、香港の簡単な歴史を知っておくと、香港に訪れた時にもっと楽しくなりますよ。

香港はどこの国?

2019年現在の香港は、中国。正式には中華人民共和国の香港特別行政区といいます。「香港」というのは国の名前ではありません。じゃあ「香港」とは何かと言うと、都市名なんですよ。

2018年現在の香港は中国だということは、以前は別の国だったの?えぇ、違ったんですよ。香港が中国に返還される前は、イギリスの領土でした。実は香港は日本の領土だった時期もあるんですよ。そんな香港の簡単な歴史は追ってお話しますね。

香港はいつ返還されたの?返還される前はどの国の領土だった?

香港が中国に返還されたのは1997年7月1日のこと。以来、7月1日は香港では「返還記念日」(香港特別行政区成立記念日)として祝日になっています。この日は九龍半島と香港島の間のヴィクトリア・ハーバーで花火が盛大に上げられ、歓声を上げながら花火を鑑賞するのが市民や観光客の楽しみの1つでした。

香港返還記念日の花火は5年に1度?

香港が中国に返還されたことは、中国政府にとっては今やもう特別なことではないのかもしれません。残念なことに、香港返還記念日の7月1日に花火が上げられるのは、5年に1度となりました。

次にこんな花火が上げられるのは2022年7月1日夜の予定です。

返還前は香港はどの国の領土だった?

香港が1997年7月1日に中国に返還されるまでは、香港はイギリスの領土でした。香港はイギリスの植民地だったのです!香港がイギリスに統治されていた時期は2つに分けられます。その2つの時期の間に香港を統治していたのは、日本でした。簡単にまとめると以下の通りです。

  1. イギリスによる統治時代前半:1842年〜1941年
  2. 日本による統治時代:1941年〜1945年
  3. イギリスによる統治時代後半:1945年〜1997年

では次に、香港がイギリスの領土だった理由と日本に統治されていた理由をお話しますね。

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香港がイギリスの領土だった理由は何?

「アヘン戦争」という言葉を聞いたことはありませんか?中学の社会科で習うと思うので、記憶の片すみにあるかもしれませんね。話は中国が清という王朝時代の1699年ごろです。この頃から、イギリス東インド会社が開港されていた中国の広州を訪れて、中国と貿易を開始。

アフタヌーンティーの習慣が浸透していたイギリスは、中国(当時の清)からたくさんの茶葉を輸入していましたが、イギリスは中国に輸出するものがなくて貿易赤字となっていました。中国は自給自足ができていたので、輸入しなければならないものはなかったのです。

困ったイギリスは、インドで手に入れたアヘンを中国に輸出することで貿易のバランスをとることに成功。中国人はたちまちアヘンのとりこになってしまいました。アヘンは古くから薬として使われていたとは言え、麻薬です。アヘンによって中国人は身も心もボロボロに。

中国とイギリスの貿易が原因だった?

見かねた中国清政府はアヘンの輸入を禁止します。しかしアヘンを輸出できなくなると貿易が赤字になって困るイギリスは、密かに中国にアヘンを輸出(密輸)。ところが1839年のこと、アヘンの取締をしていた清の閣僚・林則徐(りんそくじょ)が、イギリス商人が持っていたアヘンを全て没収し焼き捨ててしまいました。

これに怒ったのがイギリス。そりゃ怒りますよね。中国側からすれば、うまく言いくるめて体に悪いもの(アヘン)を売りつけるなんてナンセンス!もう買わない!って主張しているだけですが、イギリスはアヘンが売れなければたちまち貿易赤字です。

そして翌1840年、イギリスの艦隊は中国へ。アヘン戦争の勃発です。ところが正義を主張しているのだから中国が勝つのかと思えば、戦力に差がありすぎて中国は敗北。1842年に南京条約が締結され、香港はイギリスへ割譲されました。これが、香港はイギリスの領土だった理由です。

アヘン豆知識

アヘンは芥子(けし)の実から採った果汁を乾燥させたもので、紀元前から鎮痛薬・睡眠薬としてヨーロッパ・中東中央アフリカで使われていた事がわかっていますが、現在では麻薬の一種として各国で規制されています。

香港が日本の領土だった理由は何?

香港がイギリスの領土だった理由がわかりましたが、香港が日本の領土だった時期もあるんですよ。意外と知らない人も多いようですが、歴史を思い出してみれば納得するかもしれませんね。

香港が日本の領土だったのは、1941年〜1945年。この年代、何かピンと来たでしょうか?そう、第2次世界大戦です。第2次世界大戦が起きていたのは1939年から1945年。この第2次世界大戦中、香港の統治権がイギリスから日本に渡っていました。

第2次世界大戦中の1941年12月8日に、マレー半島を植民地化して支配していたイギリス軍に日本軍が侵攻して太平洋戦争が勃発。マレー半島と同じように植民地としてイギリスが支配していた香港にも、日本軍が侵攻。

12月13日には日本軍が香港の九龍半島を制圧、12月25日に香港唯一の貯水池が日本軍に奪われるとイギリス軍は降伏し、香港の統治権はイギリスから日本に渡ったのです。

でもね、1945年に日本は敗戦しましたよね。それで香港だけじゃなく当時日本が支配していたところは全て、戦争前に統治していた国の管轄に戻りましたから、香港も再びイギリスの植民地になったのです。

日本軍の大本営はペニンシュラホテルにあった

ちなみに香港で日本軍とイギリス軍が戦っていた時、日本軍の大本営は九龍半島の尖沙咀(チムサーチョイ)にあるペニンシュラホテルに置かれていました。

香港ペニンシュラホテル

イギリス軍は1941年12月25日に、日本軍大本営があったこのペニンシュラホテルを訪れ、降伏を宣言。このイギリス軍が日本軍に降伏したことを「史上最悪のクリスマス」という意味で香港では「ブラック・クリスマス」と呼んでいます。

日本軍は香港政庁をこのペニンシュラホテルに設置し、以後3年と8ヶ月、日本が香港を統治することになりました。

ちなみに画像のペニンシュラホテル、中央の高い棟は1994年に建てられた新館。日本が統治していた間は「東亜ホテル」と改名され、日本軍の集会所並びに軍関係者の宿泊施設として使用されていたそうです。

香港の歴史を簡単に知っておこう!

香港の歴史と言えば、アヘン戦争を経てイギリスの植民地となり、1997年7月1日に中国に返還された・・・これが多分世界的によく知られている、ものすごく大雑把な歴史です。

でもね、アヘン戦争が起こる前から香港は存在していたんです。そもそも香港は中国(清王朝)でしたが、その前ってどうだったんだろう?って思ったことはありませんか?実は香港では旧石器時代(紀元前39000年~紀元前35000年)の石刻も何ヶ所かに残っています。

香港島東部の大浪湾に残る古代の石刻

その後の新石器時代(紀元前4000年~紀元前2000年)の遺跡も、ランタオ島や香港島に残されています。その後の香港について、文献で残っているものを以下に記しますね。

  • 紀元前214年、秦朝が嶺南(華南)に郡県を設置すると共に現在の香港の地も支配されるようになった
  • 1368〜1644年、明王朝時代の1552年ごろから「九龍」「香港島」という地名が見られる
  • 1517年、ポルトガル人が香港に来航し屯門島を占拠するも、明朝は1522年(に広東海道副使を派遣しポルトガル人を追い出す→ポルトガル人はマカオに拠点を移す
  • 1644〜1842年、清王朝時代になると香港に近い広州が開港され、イギリス東インド会社が来航(ここからは上の「香港がイギリスの領土だった理由」の事情により・・・)
  • アヘン戦争の結果、1841年1月20日より香港はイギリスに永久割譲される
  • 1842年〜1941年、イギリスによる統治時代前半期
  • 1941年〜1945年、日本による統治時代
  • 1945年〜1997年、イギリスによる統治時代後半期
  • 1997年7月1日、香港はイギリスから中華人民共和国へ返還され、中華人民共和国香港特別行政区となり、現在に至る

国の領有権争いは、資源が豊富に手に入る所ほど執着されやすいように思います。

香港はそもそもとっても小さな島の集まりですが(235ほどの島)、島ということは海に囲まれていますよね。それは単純に海中の資源が豊富だと思ってしまう筆者です。でも海中の資源だけではなく、イギリスと中国(清王朝)が貿易を始めた頃から、香港は貿易港として重要な場所になっていたのでしょう。

あれ?永久割譲されたんじゃなかったっけ?

あれ?確かアヘン戦争を経て香港は中国(清王朝)からイギリスへ永久割譲されたはず。それなのに、どうして香港は中国に返還されたんだろう?って不思議に思いませんか?

アヘン戦争終結で交わされた南京条約(第1次アヘン戦争終結)により、中国清朝から香港島はイギリスに割譲されました。そして1860年の北京条約(第2次アヘン戦争終結)によって、九龍半島の南端がイギリスへ割譲。その後1898年に、99年間の租借が決定

これにより、「永久割譲」と言われていた香港の領有権は、1898年からの99年間に限ると決まったのです。

1970年代になって99年間の租借期間終結が近づくとイギリスは、その期限を越えて尚、香港をイギリスが統治し続けたいと主張。1982年9月に当時のイギリスの首相マーガレット・サッチャーが訪中して英中交渉するも、鄧小平の強硬な姿勢にイギリスが負けた形となり、1997年に香港はイギリスから中国に返還される事が決定したのです。

おまけの小話:水止めるぞ!

筆者が香港へ移住したのは、まだイギリス統治下だった1993年。香港の水は、中国大陸から引かれて(供給されて)いました。(2018年現在も香港の水は中国広東省から輸入しています)

筆者が香港へ移住した当時もそれからしばらくしてからも、「水(の供給)止めるぞ!」という声を聞いたり(どこで聞いたかというと噂レベルですが、当時はインターネットも普及していませんでしたから、口コミの噂は驚異でした)、「なんだかんだ香港は水を中国からの輸入に頼っているから」と、暗に「逆らえないよね」的空気を感じることがありました。

何故、香港では水を中国大陸から輸入しているかと言うと、香港は岩山で出来ているので、水を貯め込むのが難しいとか。でも一応、香港にもダムはあります。ただ需要と供給のバランスが取れていないのでしょうね。

そう言えば筆者が香港に来て最初に驚いたのは、下水は海水だということでした。海水だから便器は錆びやすいし壊れやすい。香港に移住して10回ほど引っ越ししましたが、どの家に住んだ時もトイレ問題が発生しなかったことはなく、いつも業者を呼ばなければならなかったり自分で修理したり、何度泣きを見たことか・・・ふー。

おまけ:香港の呼び方について

現在の香港の正式名称は、中華人民共和国香港特別行政区。英語表記だとHong Kong Special Administrative Region of the People’s Republic of China、略して「Hong Kong S.A.R.」とも書きます。

香港市民は自分たちのことを「中国人」だとは思っていません。「Are you Chinese ?」あなたは中国人?と聞かれると、絶対「No!!! I am Hong Kong Chinese.」もしくは「I am Hongkonese!」と答えます。

香港市民でも、カナダの国籍を取得した人は「Canadian-Hongkonese」と言います。自分たちは「中国(大陸)の人間ではない」という点については、香港人達はものすごくこだわり(プライド)を持っています。

香港がイギリスの領土だった理由と返還された簡単な歴史のまとめ

  • 現在の香港は、中華人民共和国の香港特別行政区だ
  • 1997年までの香港は、イギリスの領土だった!
  • 香港がイギリスから中国に返還されたのは、1997年7月1日だ!
  • 香港がイギリスの領土になったのは、イギリスと中国(清王朝)の貿易からアヘン戦争が起こり中国が負けたから
  • 実は太平洋戦争中の香港は日本の領土だった
  • 香港には旧石器時代の石刻も残っている
  • 紀元前214年に秦朝に支配されるようになった
  • 明王朝時代の1552年ごろから九龍・香港島という地名が見られるようになった
  • イギリスと清王朝との貿易の結果、アヘン戦争が起こりイギリスが勝ち、香港はイギリスの領土となった
  • 1997年7月1日に香港はイギリスから中国へ返還され、香港特別行政区となった

筆者が香港へ移住した1993年当時も、香港は貿易の中継点として・金融街として発展しており活気にあふれる街でした。

イギリス植民地時代は、香港を支配するイギリス人達が「香港人に学が付くと自分たちの地位が危うくなる」と、大した教育を施さなかったそうです。イギリスの統治下にあったのに、当時の香港市民はほとんど英語は話せませんでした。でも、素朴な面を持ちながらも商魂たくましい香港人たちは、人情味にも活気も溢れていました。

今の香港がどんな状態なのか、今あなたが香港を訪れてどう感じるかは人それぞれだと思います。筆者のような在住者と、観光や短期的に仕事で訪れる方とは感じ方も違うでしょう。是非、あなた自身の目で見て香港を感じて欲しいと思います。過去は過去、あなたが見る現実は「今」のものですから。

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